小説・日本参戦6

臨時国会は紛糾した。まず、官房長官が登壇したが、野党のヤジに、代わって首相が答弁に応じた。まず、口火を切ったのは、共産党の女性初の委員長、田村智子議員だった。彼女はいった。

 「首相は、習近平氏の発言は、単なる脅しとお考えでしょうか」

 首相は、田村の顔をじっと見つめ「いやそうではないと思っています」「その根拠は?」「私の勘です」

 その発言に国会内がどよめいた。「単なる勘で、戦争になるなんて馬鹿馬鹿しいと思いませんか」そうだ、というヤジが飛んだ。

 「私はそうは思いません。少なくとも、自衛隊の出動準備を開始すべきと思う」田村が意外なことを言った「私も賛成です」

 日本共産党は、近年になって自衛隊の存在を認めた。しかし、あくまで専守防衛の範囲を堅持していた。憲法第九条二項は捨てていない。

憲法論議はこの際、置いておきましょう。なぜなら深刻な非常事態が出来する可能性があるからです」首相は言った。そうして田村に向かって言った。

 「あなたの見識に深く感謝します」

 その後、憲法について、質疑応答が延々とが行われたが、結果、賛成多数で憲法七条二項の修正案が可決されたのだった。

 大輔は、テレビで国会中継を一部始終見ていた。今日は、真理子の来る日ではない。

 カップラーメンの夕食を食べ終わった時、スマホに聡介から電話が入った。彼は興奮していた。

 「聡介、いよいよ始まるな」「何が?」「戦争だよ」「まだ決まったわけじゃないだろう」「いや、間違いない。日本はあの憎むべき中国と戦争状態に入る」

 聡介の中国嫌いは、大輔も知っている。彼が中国旅行した時、「日本鬼子」と呼ばれ、憤慨したことを、大輔は覚えていた。

 「でも、オレは戦争は嫌だな。もっと外交努力すべきだ」「そんなことが、通用する国だと思うか?」「確かにな」

 聡介は言った。「もし戦争になったら、この国を守るために俺は志願するぞ」

 そういって、電話は切れた。

 大輔は、ため息をつくとともに、祖父のことを思い出していた。祖父は、かつての、あの戦争に徴収されたのだ。決して志願したのではない。本当は戦争が嫌いだったのだ。しかし、戦争を避けた当時の男たちは、非国民扱いされた、と祖父から聞いたことがあった。そして、陸軍に配属され、志那で戦い、銃弾を受け後方に送られ、傷が治らないために、日本に帰国したのだ。

 祖父はいった「大輔、あれほど非人間的行為はない。人が人を殺す。しかも、合法的にだ。戦争は、もう嫌だ」と。

あの祖父の言葉は、強く大輔の心に残っていた。

 だから、聡介のように興奮できない。しかし、この美しい国を、父や母、妹だけではなく、あらゆる日本人とその社会を見捨てることもできないと、感じ始めていた。彼は自己矛盾の極みにあった。自分は、分裂しているな、と大輔は思った。戦争が始まったら、どうするか、彼は決めかねていた。