小説・日本参戦5

中国が選んだのは、平和的な道ではなかった。最も近い大国、日本に目をつけたのだ。習近平は考えた。

 日本は今まで事あるごとに、わが国に反対してきた。たとえば軍備増強やわが国の悲願でもある一帯一路構想についてもしかり。そして、日本は開かれたインド太平洋を目指し、フィリピンの南沙諸島の周辺海域に出没するわが艦艇を警戒するとともに、尖閣諸島の領有権まで持ち出している。我慢がならないのは、日本海で堂々と日米韓による合同演習が毎年のように実施され、わが国を牽制していることだ。

 だが魅力的なのは日本の工業力だ。資源はないものの、兵器生産に大きく役立つだろう。そして何より日本人は勤勉だ。石油や鉄は同盟国から手に入れよう。わが国にだって多少の備蓄はある。台湾との二正面作戦になるのを将軍たちは嫌うだろう。しかし、これ以上、日米の言いなりにはなるまい。まずは脅しをかけよう。外交ルートを通じてわが国が日本に宣戦を布告する用意があることを通告するのだ。

 日本の首相は、その報を聞いて、自らの耳を疑った。中国の宣戦の可能性についてである、その知らせは在日中国大使からであった。

 首相は習近平国家主席と電話会談を行った。主席はこういった。

 「日本のやり口にはうんざりしている。こうなったら、開戦するしかないのではなかろうか、と私は考えている」「しかし主席、あまりに突然の事ではありませんか。もっと、お互いに話すことがあるはずです」

 習近平は、単なるこけおどしは好きではない。それは、同盟国に対して弱腰ととられるからだ。彼はやるべきことは断固実践するタイプだった。

 習近平の電話は一方的に切れた。

  首相は間を置かずホワイトハウスの大統領執務室にいるアメリカ大統領に電話を入れた。

 緊急用のホットライン、通称、レッドラインだ。実際、その電話は赤く塗られているのである。大統領の机の上に通常の電話と並べて置かれている。

 駐米大使や外務大臣の経験もある首相は英語に堪能だった。通訳に内容を聞かれる心配もない。

 「親愛する大統領閣下、今、中国の習近平と話を終えたところです」

 「それで、(共産主義を皮肉る大統領には癖があった)あの赤鬼は何だというのかね?」「我が国に宣戦布告の用意があると通告してきたのです」「何だって」

 大統領が、あの端正な顔を歪めるのが手に取るように分かった。

 「そこで、まだ時期尚早とは思いますが、いざ中国と事を構えるとなった時、日米安保条約の発動をお願いいたします」

 電話の向こうが静かになった。

 「確かに、あの条約は、貴国を他国の侵略から我が軍が守るという内容だ、と記憶する」「その通りです」「しかし、今、わが国の予算は火の車だ。ウクライナの戦費もかさんでいる。共和党の連中がなんというか。それより、国民の理解を得られるかどうかが最も気にかかる。確かに日本とわが国は比類なき友好国だ。それは私も痛いほどと認識している」「するとわが国を守るというのは?」

 「心配はいらない。貴国はこの米軍が支援する。しかし、それは、本当に日本が危機に陥った時だ。まずは、自衛隊を使ったらどうかね。それが上手くいかない場合、第七艦隊を日本に派遣しよう。そのほか、日本にある米軍基地やフィリピンからも軍を向かわせる。今は、これしか約束できない。議会の承認も必要だ。今のところ、残念だがこれしかいえない。私の立場もわかってくれないか」

 首相は悔しさをにじませた口調で、礼をいい電話を切った。