小説・日本参戦21

大輔は戦争のさなかにある自分に戻った。車の中は少し息苦しい。あと15分もすれば、前線の指令本部に着くだろう。母があの映画を運命的にとらえたのは、今ならわかるような気がする。

 「俺は戦闘中に、あの映画の二人のようにハチの巣になって死ぬのだろうか」

戦死を知った母の気持ちを忖度するのは難しかった。まだ結婚もしていなければ、子供もいない。自分の子供ってどんな感じなのだろう?血がつながっているから両親への自分の気持ちはわかっているつもりだ。でも自分の子供の存在はどのようなものなのだろう。

分身? それとも親友? 親友なら聡介がいる。でも二人の関係は同等だ。子供は違うはずだ。もっと弱く、脆くて、そして儚いもの。それが一番しっくりするように思う。最高に愛する相手、真理子と同等に愛せる存在を大輔は想像することができなかった。

 本部のあるビルの名前はわからなかったが広いコンコースがあった。そこには戦車が思い思いの方向に止まっていた。その姿を見た時、大輔の胃が軽く痙攣した。

 最新鋭の「10式」の車体は、灰燼の中を通って来たかのように汚れていた。数か所に、被弾した痕も見える。脇では兵士たちがタバコを吸っていた。喫煙率は戦争が始まって飛躍的に高くなった。それぞれのストレスをタバコで紛らわすしかないのだ。お互いに何か話してはいたが笑顔はなかった。

彼らの脇を軽装甲機動車に乗った大輔は、自分の座る座席の脇に置いた、狙撃用のレミントン700-М3の眠るケースを右手の指でそっとなぞった。そして大輔はおもった。モーツアルトを演奏する前に、ストラディバリウスのケースを、愛撫するバイオリニストに似ている、と。今までの数多くの戦闘における狙撃はリハーサルに過ぎなかった。

 いよいよ本番が迫ってきた。